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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)191号 判決 1953年6月16日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人代理人の上告理由は末尾添附別紙記載のとおりである。

右論旨に対する判断。

一度法律行為が成立したという事実が取消によつて無くなるということは不可能である。それ故法律行為はその取消によつて初めから全然無かつたことになるものではない。出来るだけ無かつたと同様に原状回復をするというだけのことである。従つて本件売買の成立により本件不動産を適法に占有するに至つた被上告人の行為が初めから不法行為になるという上告人の主張及びこれを前提とする所論は採るに足らない。上告人は本件は所有権に基く請求であるというけれども記録によれば本訴請求は上告人の親権者母が親族会の同意なくして上告人を代理して本件不動産を被上告人に譲渡した契約を取消し、その原状回復としての返還請求に外ならないこと明である。そして取消による原状回復に付き同時履行の抗弁が有効に主張され得るか否かは問題の存する処であるけれども、未成年者の取消については原審のいう如く契約解除による原状回復義務に関する民法五四六条に準じ同法五三三条の準用あるものと解するを相当とする。蓋し公平の観念上解除の場合と区別すべき理由がないからである。未成年者の取消は特に未成年者の利益を保護する為めのものであるから、未成年者に対しては相手方は同時履行の抗弁を主張し得ないものであるとする考え方もないではない。しかし未成年者は随意に一方的に取消し得るのであり、しかも現存利益だけの返還をすればいいのであるから、これによつて十分の保護を受けて居るのである。これに反し相手方は取消されるか否か全く未成年者の意思に任されて居り非常に不利益な位地にあるのであるから、それ以上更に先履行の不利益を与えて迄未成年者に不公平な利益を与える必要ありとはいえない。(右は専ら未成年者の取消に関するものであり、他の原因による取消については何等判断を示すものではない)軍需省が本件売買代金の一部を第三者弁済として支払つたとしても、第三者弁済の場合特別の事情なき限り債務者は弁済者に対して弁済者の支払つた額だけの債務を負担する等何等か相当の補償関係に立つものである(第三者が何等補償関係なくして弁済するが如きは稀有の場合である)から、本件の場合上告人は結局被上告人の財産によつて利得をしたものといい得るのであつて、原判決の説示は正当である。上告人の親権者が上告人の代理人として代金を受取つた以上、受取つた金員は上告人の所有となるのであるから上告人の利得に帰したというべきこと勿論である。なお被上告会社が所謂特別経理会社である云々の事実は原審において主張されない事実であるから、当審において初めて主張することは、上告適法の理由とならないのみならず、右事実により本件において被上告会社が上告人に対して同時履行の抗弁を提出することに何等消長を来すものではない。以上の説示により本件上告の理由ないこと明であろう。

よつて民事訴訟法第四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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